こんばんは、吉田です。

この話はフィクションです。


十八歳。

少年から青年への過渡期であり、行動に少なからず責任を求められる頃。
俺は初めてのパチンコを経験した。

幼少の頃両親がパチンコで夜遅く帰る事があった為、パチンコに対して良い感情は抱いていなかった。
年齢が上がるにつれパチンコ嫌いは加速していき、中学高校の頃になるとパチンコ打ちの事を“パチンカス”と言う蔑称で扱っていたくらいで、今の俺を見たらあの頃の俺は卒倒するんじゃなかろうかと思う。
パチンコのスペックで機種を当ててる姿とか見たらもうステゴロの始まりだ。



話を戻すが、初めて打ったのはN県はS市にあるベガスベガスである。今は別のパチンコ屋になっている。

ちょっと恥ずかしいから正直書きたくないのだが、何故か家族4人で1パチの沖海2甘を打った。並びで。
何故あんな嫌っていたパチンコへ行ったのか理由は覚えていないが、多分パチンコと言うものに“大人”で“アウトロー”な匂いを感じて、そしてそれを魅力に思ってしまったのだろう。

兎にも角にも打った、1人1、2000円くらいで。
確か兄弟か俺が当たって、親が“やるなあ”などと言って盛り上げてくれたような気がする。

打っている最中は初めて訪れた場所の余りにも異質な雰囲気、あからさまに体調を害しそうなヤニの臭い、耳をダイレクトに侵す銀玉の弾ける音と変動音に終始ドキドキしていた。

結果俺は1000円を呑まれて終わり、ビギナーズラックなんて物は無かったが、この体験でパチンコに対する苦手意識みたいなのは少し取り払われた気がする、いや、“取り払われてしまった”気がすると言った方が良いのだろうか。
パチンコを嫌い続けるには余りにも牧歌的で鮮烈な体験だった。



確かそれと前後して、新潟駅前のボウリング場と併設されたパチンコ屋に行った気がする。最近ボウリング場ごと閉店してしまった。

その時は久しぶりに中学校の頃の友人と遠出して遊んで、その帰りにパチンコ屋を見つけて一人でふらっと入り込んでしまった。

中に入るといつか嗅いだヤニの臭い、たまに親がその臭いを服に残して帰って来るあの臭いと共に、耳を侵す爆発に似た雑音に襲われた。

不意に考える。
前回は4人で来たが、今回は1人である。
もし店員に年齢確認とかされたらどうしようか、保険証とか持ってないぞ、いや老け顔だからどうせ言われる事は無いのだが。
アウトローに足を踏み入れたドキドキと心細さで最高潮になったので、取り敢えず5スロの月下雷鳴に着席した。

とりあえず1000円をサンドに入れて、ドキドキとしながら貸メダルのボタンに手を伸ばす。
これを一度でも押してしまえばメダルを使い切るまで帰る事は出来ない、と言うかどうやってメダルを交換するのかさえ分からない。

大海に漕ぎ出す気持ちでボタンを押した、メダルがジャラジャラと出てきた。
いつ当たるのかなあとドキドキしながら打っていたが、5スロと言ってもあの月下雷鳴が当たるはずも無く、1000円が呑まれた。

打っている最中、店員に肩をポンポンと叩かれる気がして堪らなかった為、追加投資などはせず逃げる様に店を出た。
なんだかとんでもない悪事を働いてしまった様な気がしたので親に“パチスロを打った”と電話をした。
“当たらなかったのか、それは残念だったな”と言われた。



恐らくはここで俺のパチンコ欲求と言う名の芽が花開いたのだ。
しかし、何故こんなにも簡単にパチンコに染まってしまったのだろうか。

そう言えば、俺は祭りが好きだった。

タバコの臭いと焼いた食べ物の匂いがうっすらと夏の空気に混じったあの感じが好きだった。

日が落ちた頃、屋台の暖色の灯りが通行止めで歩行者用道路になった公道を照らしている非日常感も好きだった。

型を抜いたり、金の入った風船をティッシュをこよりにした心許ない物で釣るだけで金が手に入る賭博の入り口、アウトロー感が好きだった。

考えてみると、これはパチンコに非常に似ている。

今でこそ完全分煙だが、明らかに他の施設と比べて多い喫煙率、夜でも灯台の様に居場所を知らせる事が出来る光量の強いネオン、そしていくつかの手順を経て金が手に入る事。

あの時楽しんでいた祭りから、俺のパチンコ打ちとしての下地は出来ていたのだ。

まあタバコなんかは今でも臭いが嫌いだし、余りにデメリットが多いので今の所吸ってみようとも思わないが、一時期電子タバコを嗜んでいたのでおそらく下地は出来ているのだろう、

まあ、今回はこんな所で。
続きがあるかは分かりません。






それではまた今度。